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大韓帝国の皇太子李垠の銀製写真立てを買取致しました。

大韓帝国最後のの皇太子李垠の写真立てを買取致しました。

写真立ては、銀製と三越のマークが刻印されています。

李垠は大韓帝国最後の皇太子で、日本が韓国併合を考えていた幼少の頃に、

訪日し陸軍士官学校などで学びました。

その後、第二次大戦の日本の敗北後に日本国籍を喪失し、1957年まで在日韓国人となります。

長い間、故郷の韓国には日本との国交が無かった為に帰国することが叶いませんでしたが、

1963年に朴正煕政権時代に帰国することが出来たそうです。

 

李垠 略歴

1897年 高宗と純献貴妃厳氏との間に、高宗第七皇子として生まれる。
1907年 純宗即位と同時に大韓帝国最後の皇太子となる。
1907年 日本に留学し、伊藤博文らから扶育を受ける。
1910年 韓国併合と同時に日本の王公族として「王世子」に封じられ、「殿下」の敬称を受ける。
1917年 日本の陸軍士官学校を卒業(第29期)後に、大日本帝国陸軍に入隊する。
1918年 日本の皇族梨本宮守正王の第一女子である方子女王と婚約する。
1920年 方子女王とご結婚
1926年 純宗が薨去され、李王家当主を正式に継承し、「王」(李王)となった。
1945年 日本の軍人として宇都宮連隊長などを経て、終戦時には中将に昇進していた。
1947年 日本国憲法制定により李垠夫妻は王公族の身分と日本国籍も喪失する。
1947年 李承晩により大韓民国への入国を拒否されて、帰国する事が出来なかった。
1957年 日本国籍を取得して夫婦で渡米。 李玖のマサチューセッツ工科大学卒業式に出席。
1963年 朴正煕政権が成立したのを機に帰国する事が出来た。
1970年 李王 死去(満72歳没)
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